駅そのものがリビング!?「延岡市駅前複合施設 エンクロス」をご紹介します!!乾久美子建築設計事務所・延岡設計連合協働組合

基本情報

所在地〒882-0053宮崎県延岡市幸町3-4266-5
アクセスJR日豊本線「延岡駅」下車すぐ
開館時間8:00〜21:00(待合施設は5:00から開館)
休館日年中無休
HPhttps://encross-nobeoka.jp/ja

駅と駅周辺が一体となって

「延岡市駅前複合施設 エンクロス」は「JR延岡駅」駅舎前に2018年4月にオープンしました。スターバックスコーヒ、蔦屋書店、待合室、キッズスペースからなる複合型施設で、設計は乾久美子建築設計事務所によるものです。

「延岡駅周辺整備プロジェクト」のもと東西自由通路や駅前広場、跨線橋、駐輪場、駐車場、トイレなど、一体が設計されました。エンクロスは全国的にTSUTAYAや蔦屋書店、図書館などを展開する「カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社(CCC)」により運営されています。

新たに設計された東西自由通路

本プロジェクトの最大の特徴は既存の駅舎やプラットホーム、駅前広場、ロータリーを一体のものとして、延岡市が乾建築設計事務所・JR九州・CCC・地元建築設計事務所・NPO法人・市民とともに新たな提案・改修・設計がなされたということです。

エンクロスのグリッドを元に既存の東西自由通路(写真奥階段)は新たに設計された

例えば新たに建設する複合施設の用地確保のために既存ロータリーをセットバックさせたり、既存の駅舎は目の前に建設されるエンクロスに合わせて、コンビニエンスストアや駅窓口、観光協会を設け、改札口を北側に移動させるなど駅動線の改修がなされました。

それに合わせて周辺整備も同時に行われ、新しく駅前広場や駐輪場、交番、トイレ、ロータリー屋根、交通案内所、跨線橋、ホーム屋根が設けられ、既存の南北自由通路も新しく設計されました。

改札口と開口を通してつながる待合スペース

これらは新たに設計されるエンクロスのRC造柱・梁のグリッドを基準に設計され、RC柱も既存の駅舎やロータリーとの兼ね合いで決定されています。

RC柱の森が駅舎の正面性を消す

エンクロスは既存駅舎と自由通路をはさむかたちで目の前に設計されました。そのため既存駅舎は駅舎としての“顔”の役目を終え、新たに建設されるエンクロスが延岡駅としてのファサードを担うことになります。エンクロスは南北に伸びるJR日豊本線に沿って、ロータリーをオフセットしてできた細長い建物です。3列の柱・梁グリッドを基本としてそれが南北に等間隔に並んでいます。

柱の高さは8.5mほどあり、そのグリッドがロータリー形状に合わせて並んでいます。まるで“柱の森”が駅前に広がっているかのようです。その柱グリッドに合わせて1階の待合スペースやカフェ、キッズスペースのゾーニングがなされています。

3列を基本に並ぶ柱グリッド 左奥に改札口

さらにそのグリッドを基に2階もゾーニングされ床が張られています。2階は主に蔦屋書店になっており、建物は地上2階建てでありながらも、1階天井は地面から2.6〜3.2mなのに対し、2階天井は4.4m程の高さがあります。2階床は1階の待合ペース、カフェ、キッズスペースのゾーニングエリアを橋渡しのように南北に床が貫いています。さらに2階ロータリー側は張り出すかのようにグリッドに合わせて床が設定されており、そこは出隅の空間として市民活動スペースや屋外テラスとして利用されています。

なので1階外部空間は2階の床が張られている否かで、高さ2.6mか8mのピロティ空間になっており、目の前のロータリーや広場、駅、周辺街区に対して待合庇として豊かな外部空間を生み出しています。高いところは都市スケールで人を迎え入れ、低いところは屋外テーブルなど滞在する場所を生み出しています。するとエンクロスは周辺に対して建物としてのファサードは限りなく消え、屋内外のさまざまな表出が駅としての顔を担うようになります。

駅前広場に面した建物北側(待合スペース)の柱グリッドは4列になっており、おおらかな庇が面する

まるで駅前に広がるRC柱によるグリッド状の森が、周囲からやってくる人々を迎え入れ、建物の正面という概念をなくすことに成功しています。駅舎は東京駅に代表されるように左右対称で正面玄関がある風格ですが、エンクロスは駅としての建物の主役性は消え、駅にもかかわらず普段と変わらぬ日常の風景が玄関口としての風景となるのです。まさに駅が近所のような親しい人と駅の関係です。

RC柱の森による駅の正面性の消失

商業空間の変化にも対応し続けるグリッドフレーム

蔦屋書店の内装はCCCによるものです。室内も柱・梁によるグリッドにより構成されています。また天井は、穴あきPC床板に照明を埋め込むつら面の仕上げになっているため、より柱・梁を強調させます。

変化する商業空間にも対応し続けるフレームグリッド

内部空間も柱・梁フレームによるグリッドで構成されているため、たとえどんなに内装が変更されても、屋内外が一体の柱・梁で内包されている以上、それに対応し続けることができます。通常建築は用途変更が生じると、当初の建築意匠が十分に発揮できなくなってしまいます。しかし柱・梁の単純フレームが視覚的に見えなくならない限りは、それを内包するものが変化しても、なんら変わらない日常の風景がそこにあり続けることとなります。

ラーメン構造による建物の風景

エンクロスは単純な柱・梁フレームによる「ラーメン構造」ですが、その構造形式自体は特段新しいものでのなく、世界中どこいっても同じ都市風景に塗り替えたいわば近代建築の産物です。しかしそのラーメン構造の使い方として新しく、駅前全体をおおらかに覆う高さ8m程の柱・梁による森は豊かな外部空間を生み出し、駅に用がないひとでも滞在することができます。

駅に用があるひとないひとが行き交う

一見世界中どこにでもありそうな均質な空間のようにも思えてしまいますが、むしろどこにでもあるような柱・梁、2階の床だけによる躯体は、建物としてのスター性を失い、気づけばそこに我々を覆う構築物があったと気づくぐらいに佇まい、環境に溶け込んでいます。

例えば普段何気ない橋や川、港、駅、ビル、道路など見たときに、わざわざ立ち止まってそれをじっくり見たり感動する人はいないと思います。近代技術のたわものとして街に溢れかえったその風景は私たちの当たり前のものとして受け入れられ見過ごされているからです。ですが私たちの何気ないものとして見ているその風景を再解釈すれば、我々の体に身体的に染み付いたものとして新しい建築に再現することができます。

本来建物を支えるラーメン構造は、当たり前の風景として建物のファサードを消す

それがエンクロスの柱・梁による空間です。ここでは建物の作家である建築家の思惑が支配することなく、最低限のインフラとしての空間がそこに置かれています。内装はそこのオーナーであるCCCによるものですし、外のテーブルや中の待合室、キッズコーナーも誰もが自由に使えます。建築家のメッセージ性を限りなく失った“場”は、そこを管理するオーナーや使うひとがメインとなってそこを利用し、気づけば柱・梁による建築家の意匠がそこに表れています。

コンテナ、プラットホーム、線路、跨線橋、そして柱・梁のインフラ

建築家による“帝国”を築き上げることなく、延岡市が乾建築設計事務所・JR九州・CCC・地元建築設計事務所・NPO法人・市民による、親しみやすいリビングのような風景がそこには広がっています。

駅とエンクロスの間の自由通路、写真右に改札口、駅を降りるとそこは街のリビングが広がる