「せんだいメディアテーク」をご紹介します。ギザギザなチューブが生み出す新しい空間

基本情報

所在地〒980-0821 仙台市青葉区春日町2-1
アクセス・地下鉄南北線「勾当台公園駅公園2出口」より徒歩6分
・地下鉄東西線「大町西公園駅東1出口」または「西1出口」より徒歩13分
・東西線「青葉通一番町駅北1出口」より徒歩15分
・仙台市営バス「仙台駅前-60番」(仙台TRビル前、地下鉄仙台駅「中央2」出口前)のりばから「定禅寺通市役所前経由交通局大学病院」行きに乗車し、(系統番号がJまたはXで始まるバス)で(所要時間10分)「メディアテーク前下車」
開館時間せんだいメディアテーク:9:00〜22:00
仙台市民図書館・映像音響ライブラリー:9:30〜20:00(土日・祝日は18時まで)
休館日1月から11月までの第4木曜日、12月29日〜1月3日
ホームページhttps://www.smt.jp/

インターネット黎明期の新たな公共空間

「せんだいメディアテーク」は仙台市民図書館、シアター、イベントスペース、ギャラリー、スタジオ、映像・美術ライブラリーなどからなる複合公共施設で、2000年に伊東豊雄建築設計事務所の設計により竣工しました。建物は仙台を南北に走る「定禅寺通」沿いに建ち、中央分離帯に緑道を有した4列のケヤキ並木が特徴です。

インターネット黎明期であった建物竣工当時、従来の本を貸し借りする図書サービスだけではなく、時代が求める機能に合わせて、デジタル・コンピューターを駆使したデジタル情報・メディアや技術・美術を自由に利用し、体感、共有できるよう場を提供するメディア図書館として、2001年に開館しました。

メディアテークとは、フランス語の図書館や本棚を意味する「ビブリオテーク」を元にしており、メディアを収蔵する本棚という意を込めてメディアテークと名付けられました。

実際に1階から7階まで、各階フラットな水平スラブで構成されており、1階は天井高さの高いカフェやショップ、オープンギャラリー、2階は誰もが情報にアクセス可能な情報検索端末や映像音響ライブラリー、耳や目の不自由な方向けの相談カウンター、3階から4階は仙台市民図書館、5階は固定か壁のギャラリー、6階は自由な間仕切り可能なギャラリー、

左上:1階エントランスホール 右上:3,4階市民図書館 左下:6階ギャラリー 右下:7階ホワイエ

7階は音響制作に関する機器を備えたスタジオyあシアター、映像や音響、美術文化を気軽に体験できる映像音響・美術文化ライブラリーからなります。

出典:新建築 :7階音響映像ライブラリー :情報検索端末

力学的に合理的な不揃い

建物の特徴は各階矩形の50m四方の水平スラブ(鉄骨フラットスラブ)で構成される中、建物を垂直に海藻が揺れたようなギザギザとした、13の「チューブ」と呼ばれる鉄骨独立シャフトが支え、四方をダブルスキンのガラスが囲んでいます。。

定禅寺通り中央分離帯の遊歩道より建物正面を撮影, ゆらゆらと揺れる柱が手前のケヤキ並木に同化する

チューブ自体は鋼管を捻ってHP曲面を構成し、それを各階位置をずらして配置することで、見た目がスパイラルを描いたようなジグザクした柱となっています。捻ることで座屈に対する剛性を確保でき、ずらして配置することで各階、力の偏心が発生し、それを全体的に互いのチューブがバランスを取り合うような形で平衡を保っています。常に全体で抗ってバランスを取っているため、地震などの揺れにも自然の力で対抗出来ます。

結果、自然界の原理に即した最も合理的な形態が、大スパンの空間を実現しています。

4隅に配置された大きなチューブは、水平力など建物全体のバランスを保っており、それ以外の9のチューブは鉛直力のみを支えています。

南東側の4隅の大きなチューブ内部,2方向の鋼管を捻ってクロスされたHP曲面が建物全体を支える

コアシステムを兼ね備えた柱

2〜5階のスラブは床下空調2重床という、ダクトから送られた空調空気が、二重になった厚さ150mmの床内を流れ吹出口より室内を空調する、床下空調を採用しています。床下に送られる空調空気は、地下2階の空調機械室よりチューブに収められた鋼管ダクトを通り、最終的に各階に届けられます。

チューブは他にも電気系統や上下水道のパイプシャフト、エレベーター・階段の縦動線を収めており、各階を結び必要なライフラインを送り届ける建物全体のコアとして機能しています。このように上下階を貫く構造体に、必要な縦配管・動線を収めたまとまりのことを「コアシステムと」呼びます。

階段の縦動線を収めたチューブ, 各階のチューブの貫き具合が極限までに細くされたスラブによって視認される

コアシステムにより、それらコア部分以外のエリアは構造体や機械設備に影響されない自由な空間の間仕切りや配置、意匠が可能となります。特にせんだいメディアテークでは前述したような床下空調を採用することで、通常の太い空調ダクトが不要となり、柱以外の自由な箇所に空調を設けることが可能になっています。

そのため通常の建築よりも、極限までに床の厚さを細くすることができますので、曲がりくねった柱の建築意匠が中からでも外からでも現れやすいように配慮されています。

出典:新建築, 平面図 せんだいメディアテークのコアシステム

ミースのユニバーサルスペース

現代の都市に溢れかえるオフィスビルは、人が移動するための階段室・エレベーターシャフトや各階に必要な機械設備・配管シャフトを内包したコアシステムと、それ以外の自由な間仕切りや家具配置が可能な、必要最低限の柱、壁、床、天井によって構成された、「ユニバーサルスペース」という設計思想が根底にあります。これは均質な柱と梁の構造体からなる建物内にあらゆる機能を内包することができるというミース・ファン・デル・ローエが提唱した建築概念です。

従来の西欧の建物は、煉瓦や石の厚い壁によって空間が仕切られそれぞれに用途が与えられました。しかしミースは、鉄とガラスという近代技術によってむしろ、特定の空間を与えることなく水平スラブと最小限の柱、壁による巨大なワンルーム空間が、多様な用途に対応しうる豊かな空間を生み出すというのです。特にオフィスビルなどは、各部署や課によって適切な机配置が可能で、壁が無い巨大な空間は部署間や組織全体の連携をスムーズにするなど、非常に適した建築概念なのです。

またユニバーサルスペースは砂漠や草原といった、地理的な影響を受けない平地ほど、その内包された均質な空間をどこまでも延長可能なことから、無限定空間とも呼ばれます。そのため内部空間を規定する唯一の四方ガラスは、周辺街区の地形の影響を受けて偶然そのラインで仕切られたのに過ぎず、設計者側からすれば与えられた敷地内で自由に内外のガラスラインを決定することができます。

さらにユニバーサルスペースは、全世界を取り巻く資本主義経済システムに最も適した画期的な空間なのです。ユニバーサルスペースは、その完全にパッケージ化されたシンプルな構成により、その建物が建つ土地の風土に一切左右されることなく大量生産が可能です。なので特定のクライアントや利用者を想定した与条件にも左右されることなく、その後の投機さえ見込めば、先に空間を与えることで後からでも様々なニーズに対応した効率的な転居や利用が可能となりました。結果、今では全世界の、特に主要都市に資本主義市場原理の強い、均質な空間で埋めつくさっれるようになってしまったのです。

ミースのオフィス空間 (豊洲), 街区に影響されて規定された全面のガラスと空に浮かぶ均質な天井照明

伊東のユニバーサルスペース

「せんだいメディアテーク」では必要最低限の柱(チューブ)と床、天井、壁で構成されています。しかし最小限の建築要素で構成するユニバーサルスペースの概念を体現している中で、ミースやオフィスビルの空間と決定的に異なる点は、建物を貫支えする柱が不揃いにも曲がり、各階の天井高は各階の用途に合わせて変化し、建築が空間の利用者や用途に影響されているということです。

変化に富んだ天井高さ

例えば斜線規制による周辺の土地条件に建築外形が影響されぬよう、1階のエントランスホールを公開空地扱いとすることで(日本初の屋内型公開空地)、天井高6.7mの誰もが気軽に入れるようなスケールで設計されています。実質的な屋内型のピロティとして周辺街区と連続した公園のように、四方のガラスが視覚的に周囲とつながります。

定禅寺通より1階エントランスを望む, 都市的なスケールで視覚的に1階と都市が一体となる

自由な間仕切り

また6階のギャラリーはフレキシブルな可動壁とすることで、多様な展示計画が可能となっています。チューブ以外のエリアは自由な間仕切りが可能となっています。

透明な柱

さらにミースの空間は水平床のペリメーター部分のみが外の自然光と触れていましたが、ここでは構造体に自然光を取り入れるという今までにない新な内外の境界のあり方を提唱しました。天井から太陽光反射装置の採光により、室内から各フロアに自然光を届けることで、無限定空間が屋外でもあり室内でもあるような、字と図の反転を引き起こしています。

天井からチューブ内に採光される自然光, 室内から自然光によ, あたかも無限定空間部分が屋外であるかのように錯覚を起こす

さらにチューブは透明なガラスのため、上下階を貫く柱は、他の階を視覚的に結んでいます。

透明で空洞の構造体が視覚的に上下階を繋ぐ

多様な場を与える

ミースのユニバーサルスペースは均質な柱配置によって、不特定な用途や家具配置に対応してきました。しかし永遠に単純な寸法で設計された一見合理的にも見える空間は、果たしてそこを利用するひとたちにとって生産的な場と言えるでしょうか。せんだいメディアテークのチューブによる不規則な形は、水平に設計された無限定空間に多様な空間の変化を生み出しています。

実際に発想した伊東氏は流れる水に棒を置いた時に発生する渦から着想を得ています。流れる水に棒を立てると、その周り水の渦が発生します。さらに棒を何本か配置するとあちこちで水が渦を巻き始めます。この水流を人の流れに見立てることで、各階で11チューブの周りに、全体で77パターン(11×7階)の空間に対する知覚のパターンが現れます。ミースの均質空間ではたった1パターンです。無限定空間なので、床を延長しようと思えば、無限パターンの空間を生み出すことができます。

柱が歪むだけでも, その周りには11ヶ所異なる場を生み出す

水の流れのようにさまよってきた利用者自身が、最も落ち着く空間を選んで、それぞれのチューブにたどり着くことになります。各階に配置されたチューブは利用者が最も良いと思った空間の場を与えています。

資本主義経済が生み出した不合理な合理的空間

全世界の近代都市は産業革命以降、鉄、ガラス、コンクリートといった大量生産された建材により同じような風景に塗り替えられていきました。それは生産から材料調達、工法、空間利用まで資本主義経済に最も適した画期的なシステムです。

一見合理的にも見える均質な空間は、果たして人間にとって適合された空間と言えるでしょうか。現在の日本でも多くの駅前や近郊部で再開発が行われていますが、市場経済原理が強く働くため、建築の専門家である建築家たちは建築を生み出すそもそもの与条件に介入することすらできないというのが実情です。結果、極端にマイナーな空間を作り続けることで、資本主義社会において作家性を獲得しながら生計を立てなければいけない側面が大きいです。

せんだいメディアテークでは、一見奇抜な建築であるが故に、コストや手間という商業的な理由で反発を喰らいましたが、設計者の伊東氏はなんとしてでも実現に漕ぎ着けました。それはミースら建築家が生み出した社会に対する大きな責任を果たすかのように、現代社会における建築家の役割を見直す動きを生み出した建築家のひとりでもあります。

我々は本質的な合理的空間を見極めなければいけない岐路に立っているのです。