OMA設計の「Fondazione Prada(ミラノプラダ財団美術館 )」 をご紹介します。| 文化的街並み保存について考える

基本情報

所在地L.go Isarco, 2, 20139 Milano MI, イタリア
アクセス地下鉄Line3「Linea Gialla」駅より徒歩10分
開館時間10:00〜19:00
休館日火曜日
HPhttps://www.pradagroup.com/ja/perspectives/sponsorships/fondazione-prada.html

全体計画

「ミラノプラダ財団美術館」はプラダ財団が所有するアートコレクションを展示する施設として、2015年にオープンしました。

もともと1910年代蒸留所として使われていた19,000㎡の敷地をを丸ごとプラダ財団の展示施設としてコンバージョンがなされ、7棟の既存建物と4棟の新築建物で構成されています。「チケットオフィス」と「Cinema」棟は既存建物を完全に取り壊し新築がなされ、高層建築の「Torre」棟は既存建物の一部を取り壊して新築がなされました。「Podium」棟はもともと駐車場だったスペースを利用して新築がなされました。

©️Google Earth 改修前
©️Google Earth 改修中(2014年)
©️Google Earth 現在(2015)

既存建物の一部取り壊しと新築により、既存建物が新築建物を取り囲むように全体の計画がなされ、高層の「Torre」棟は敷地全体を取り囲む既存建物の一角に計画がなされました。

出典:新建築(『a+u』2015-09) 新築されたチケットオフィスは敷地左上のオレンジ色部分

そのため敷地外観は今までと変わらない既存建物をベースに、部分的に新築建築が添えられた、新旧のコントラスを生み出しています。

敷地外観(「Podium」棟の角地より)
外観(奥から「Deposito」棟「Sud gallery」棟とチケットオフィス)
高層な「Torre」棟

演出されたシーンその1 (新旧の対立)

敷地エントランスに入ると既存建物「Nord gallery」と新築の「Podium」棟に囲まれた通路が広がっています。「Podium」棟の2階部分は既存建物に迫るように展示室がキャンチレバーしており、既存建物と新築建物の緊張感あるスペースを生み出しています。

左に新築の「Podium」棟 右に既存建物の「Nord gallery」
既存建物に迫りゆく張り出した建物が緊張感あるスペースを創り出している

またエントランスを入って左手には既存建物の「Bibiloteca」棟と新築の「Podium」棟に囲まれたスペースがあります。

左側の既存と右側の新築の対立
「Bibiloteca」棟外観 左側にエントランス

演出されたシーンその2 (都市景観的な新旧の対比)

さらに奥に進むと既存外壁を金色塗装された「Haunted House」と、その裏に新築のチケットオフィスがあります。

既存建物外壁を金色塗装した「Haunted House」と「Podium」棟

金色に塗られた建物は既存の古い雰囲気はなくなり、新品なピカピカなオブジェのように扱われています。敷地全体でみると比較的高層な建物となっており、その他にこの既存の「Haunted House」と新築の真っ白な「Torre」棟の2棟が高層の建物になっています。

かわいらしいピカピカ新品の外観に仕立て上げられた既存建物は、真っ白でツルツルな「Torre」棟のような新築の建物に仲間入りすることで、結果敷地全体が「水平に広がる既存と縦に伸びる新築の対比」という景観美を生み出しています。

既存外壁の上に乗る「Podium」棟2階部分と, その奥に金外壁の「Haunted House」
外観が水平と垂直で新旧の対比を生み出している 
右側の1階部分のチケットオフィスは新築だが, 外壁は既存のままのため外観の対比は守られている
チケットオフィス 外観の景観を守ために新築のチケットオフィス外壁には既存躯体が使われる
既存建物と奥の真っ白な「Torre」棟

演出されたシーンその3 (新旧の倒錯)

他にも新旧の仕掛けがたくさんあります。

一見既存建物に見える「Cinema」棟ですが、実は既存建物を忠実に再現した新築なのです。しかし、通りゆく人はそれが新築とは気づかずに、むしろ保存された建物だと勘違いしてしまいます。

それは昔からあったかのような外壁仕上げや装飾の上に、部分的に鏡が仕上げられることで、わざと偽の新・旧の対比を生み出し、新築建物を既存建物に仕立て上げる新旧の倒錯を引き起こしているのです。

既存建物を忠実に再現した新築の「Cinema」棟 

まさに意図的に演出されたシーンです。既存に見える躯体に、鏡が仕上げられることで、通りゆく人は鏡に映し出された自分の姿に気を取られ、まさか鏡の背後にある建物が新築であるとは気づかずに通り過ぎてしまいます。わざと意図的に新旧の対比を演出することで、昔を完全再現した新築建物はさりげなく既存建物の仲間入りを果たします。

もし仮に後から、完全再現された新築であると理解したとしても、「ネオグリーク」の時のような「ただ単に昔の様式を復興しただけ」のガッカリ感はなく、新旧の対比を意図的に利用して、「あたかも保存された建築」に「後から近代的な建築素材が付け加えることで、みんなに完全再現と気付かせないような昔の建築の復興手法・視覚芸術」とみなされ、現代の人々の感性に応えた建築の再現手法といえます。

新築の「Cinema」棟 既存建物の断面に新しい鏡が仕上げられていると思いきや全くの新築である 意図的に新旧の対立を演出し, 「地」の新築建物はこっそりと既存建物の仲間入りを果たす
窓の細部も忠実に再現されている

鏡の部分は開閉可能なシャッターとなっており、屋内外が一体となったシネマ空間を演出することができます。こうして時にはスタイリッシュな空間が屋外に現れ、普段は既存建物のフリとして周囲の建物に身を隠しています。

出典:ELLE DECOR 開閉可能な鏡シャッター

また「Cinema」棟=新築であると理解すると、金色に塗られた既存建物の「Haunted House」=新築が理解可能になると思います。装飾があるからといって既存であるとは限らないのです。こうして両建物はそれぞれ新から旧、旧から新への倒錯が起きています。

既存のような新築「Chinema」
新築のような既存「Haunted House」

演出されたシーンその4 (新旧のシーンの切り替え)

先ほどの「Cinema」棟の全面鏡には近代的な建物「Podium」棟が映し出され、「Podium」棟と、

その「Cinema」棟の角を曲がるだけで、映画のスタジオセットかのように近代的な空間から既存の古い空間へ新旧のシーンの切り替えが起こります。

また敷地エントランスをまっすぐ進むと一番奥に高層棟「Torre」棟の入口があります。既存の建物に囲まれた"歴史保存地区"のような風景は一変して、ここ高層棟の一角だけは完全な新築の仕上げとなっています。

「Torre」棟1階ピロティ 

高層棟の1階ピロティの塀壁は外の風景を眺められる透明なパイプルーバー仕上げとなっています。

そのほかの場所は既存の建物が敷地全体を取り囲いそれが塀壁として、敷地内部の歴史的な景観シーンを作り上げていましたが、ここだけはその囲いからはいったん解放された外を眺められる塀壁となっています。しかし外の風景は縦にモザイクがなされ、そのままの風景を眺めることはできません。

しかしその風景さえもスクリーンかのように2次元的なキャンバス、すなわち先ほどの鏡のように部分的に仕上げられた仕上げ材であることがわかります。つまり外の都市風景が生中継されたスクリーンとしてそれが塀壁となっているのです。遠くから眺めるとぼんやりと外の風景が映し出されたスクリーンのように見え、近くで見るとしっかり外が眺められるような仕掛けになっています。

すると、遠くから見ると外の風景を遮断する既存壁と、外の風景をある程度遮断するパイプルーバー壁が、塀壁として連続しているように見え、パイプルーバーに近づくと、外の風景を眺めることができ、気づけばそこには外の風景の開放感を体感することができます。すなわちパイプルーバーは、来場者のパイプルーバーに対する角度によって、遮断/開放のシークエンスを生み出す、ある種のスクリーンのような装置なのです

斜めから見ると外がぼんやりとモザイクされることで, 「外が見えない塀壁」が連続しているように見え, 来場者が動くことで既存塀壁とパイプルーバーによるシークエンスの接続を行っている

既存塀壁とパイプルーバーを連続させることで、「歴史的な景観シーン」から「現在の都市景観シーン」というように、昔から現在へのシークエンスの切り替えを演出しています。

もしこれが通常のフロストガラスであれば、遠くから見ても完全に外の風景が見えてしまい、パイプルーバー部分と既存塀壁で「外が見る・見えないのの要素の対立」が生じてしまうので、既存風景から現代の風景へ接続されるシークエンスはうまく表現できなかったでしょう。このように見る角度によって要素の変数(外が完全に見えない→なんとなく見える→完全に見えるという徐々に外が見える仕掛け)を取り入れることで、体験的なシークエンスの変化を仕掛けています。

パイプルーバーに近づくと実際の外の風景を眺められる このように来場者は徐々に風景が見えることで, 「気づくとそこには外の風景が広がっている」という体験することができる
来場者が動くことで外の風景の解像度の変化を生み出すスクリーン(パイプルーバー)

来場者は"歴史的保存地区"から現代的なシーンへのシークエンスを体験した後、「Torre」棟に入ると大きなエレベーターがあります。エレベーターにもシーンの仕掛けが仕組まれています。

来場者はエレベーターを上がると今までの保存建物を俯瞰的に眺めることができます。まるで飛行機が離陸した時のように、シーンの変化をもたらします。

出典:thesquidstories.com 俯瞰するように空に飛び立つエレベーター

都市計画的な全体計画と現代的な部分の編集

OMAは新旧が同時に混在する空間を生み出すことである種の心地よさを生み出しています。古いものずっと続くわけでもなく、新しいものがずっと続くわけでもなく、新しいものと古いものが全体で対比し、部分で対立し、全体と部分で倒錯し、ある場所で切り替わるといった、一度で二度おいしいよう快適な空間体験がそこには仕掛けられています。

また敷地全体では都市計画的な新築と既存のゾーニングがなされているにもかかわらず、実際に部分を体験をすると、仕上げ材による巧みなシーンの切り替えが、常に切り替わる新旧の体験を生み出しており、全体計画から部分まで非常に丁寧な設計がなされています。

都市計画的な思想による、より多くの新しい展示室を1箇所に集約してそれを高層に積み上げた「Torre」棟は、地面に平面的に広がる既存部分を壊さずに済み、「建築の高層化と地面の解放」という展示室の高層化の正当化にもなっています。またそれが水平に広がる既存と縦に伸びる新築の全体的な景観の対比を生み出ししていますし、高層ビルから既存全体を見渡せるシーンを生み出す装置にもなっています。

つまり都市計画的な計画手法が敷地全体で実践され、部分ではOMAらしいシーンの挿入によって、結果ミラノの街に既存と新築の景観美をもたらし、内部では新旧が同時に混在した現代的な体験をもたらしています。

展示室の高層化によって守られた平面的な"歴史的保存地区"と, 設計された垂直の現代的な展示室

文化的街並み保存について考えてみる

東京では古い木造家屋の木造密集地は未だ多く残っていますが、その風景がどんどん取り壊されています。木密の形成時期の内訳として、戦前の帝都復興時にそのエリア外に乱開発された木密地域、東京大空襲時の住居の応急的な木密住宅、高度経済成長期の民間木賃アパートや宅地開発があげられます。

しかし戦前・戦後の木造密集地は、再開発による大規模な土地統合や、分譲・建売によりよる土地のさらなる細分化など、あらゆる場所で建物のスクラップアンドビルドが行われています。それは防災を確保したい行政、開発利益を上げたい民間デベロッパー・土地オーナー、それらを優遇政策により促進することで莫大な税収入と財政支出低減を果たしたい行政、高額な固定資産・相続税のため土地を切り売りしたい土地所有者の意向により行われています。

それは、都市計画法の線引き・開発許可・用途地域・容積率規制や建築基準法により日本の都市は人々の建設行為に対して規制ルールが設けられる中、線引きされた市街区域内では、分譲などの宅地造成、幹線道路沿いの「商業地域」の容積率緩和、大規模な土地を所有する開発者に対する異次元な容積率の緩和が許可されています。

つまり日本の都市は行政による規制と、土地オーナー・開発事業者へのある程度の自由な開発権・設計保証という、都市全体を計画的に計画する「都市計画家」の不在と、土地を計画的に設計する「建築設計者」の不在の自体が起きています。結果幹線道路沿いのにでこぼこなビルが建ち並び、宅地は大小様々な構造形式の住宅が混在し、空地があり、市街地の真隣に超高層ビルが建ち並ぶ自体が起き、街全体の具体的な統制を指揮する計画者が不在なのです。

それが良くも悪くも日本の都市風景なのですが、そんな日本の都市現状に、今回のOMAの設計は「全体の統制と部分の新旧の巧みな混在が」、水平に広がる木造住宅地に垂直に再開発が行われる、日本の都市計画・建築設計の現状に有効な手法を示しているようにも思えます。

日本の建築家は土地内だけではなく、街区単位で都市・建築を考える目が問われてくると思います。

出典:令和3年度東京都土地利用現況調査(緑=住宅地 黄色=集合住宅 紫=オフィス) 横にスプロールする宅地と部分的に塗り替えられた再開発
区部には多くの災害上危険な木密地域が多く残る いかに防災を守りつつも街並みを保存していくかが問題となる

付録 

チケットオフィス棟地下1階 クローク
「Podium」棟外壁仕上げの発報アルミニウムパネル
道路、トンネル、変電所など、断熱性・衝撃吸収性に優れた安価な軽量素材
「Podium」棟の外階段には工事現場に用いられる安価なバリアネットが使われる
「Podium」棟ギャラリー内観
「Podium」棟屋外ホワイエ
「Podium」棟屋外ホワイエの安価な塩化ビニルカーテン 
カーテンによる新旧のシーンの切り替え